夕暮れの海に臨むベンチで一人待たされていたえーしんくんは、180cmの体躯を持て余すようにしばらく所在なさげにきょろきょろしていたけど、僕がからあげを買って戻ってきたのを見つけるとベンチから立ち上がってこちらに歩いてきた。
「あっ! ダメだってえーしんくん! そこ座ってて。ベンチ取られちゃうよ」
「ベンチなら他にもたくさんあるだろう」
「えー。僕ここがいいからキープしてもらってたのに」
なんて、僕が適当を言うと、
「……? そうだったのか。すまない」
と、えーしんくんは素直にベンチに戻っていく。
別に座る場所にこだわりなんてなくて、僕はなんとなく、えーしんくんを午後5時の臨海公園のベンチに一人きりにしてみたかっただけなのだ。
小憎らしくてからかいがいのある天才頭脳のしゅーくんへの意地悪とは違う。
『完璧』で、たまに天然っぽくて、でも抜けた一面もあるのがむしろ完璧……みたいな。そんなえーしんくんに僕までそつなく接するのって、なんだかもったいない。だから、ちょっと揺さぶりをかけてみる。
「お待たせ。はい、これ。僕のおごりだよ♪」
キッチンカーで買ってきたからあげとつまようじ入りの紙カップを手渡す。
「感謝する、百々人。しかし、気持ちは嬉しいが素直に後輩におごられていては示しがつかない。俺にも代金を払わせてくれ」
「……あのさ、こういうやりとり不毛じゃない? 別に社交辞令とかいらない仲でしょ、僕たち」
これは半分嘘で、半分本当。C.FIRSTの三人でいる時間は楽しいけど、どれだけ一緒に過ごしても、えーしんくんのことはなんだか全然見えてこない気がする。
「別に社交辞令のつもりはなかったのだが……。わかった。今日は百々人の厚意に甘えるとしよう」
そう言ってえーしんくんは口元をふっとやわらかくゆるめて微笑む。えーしんくんの表情はいつだって上品で、潔白で、お人形みたい。
しゅーくんを見ていて感じる、羨ましいのとは違う。えーしんくんの『完璧』を見ていると、なんだか寂しくなる。それはたぶん、羨ましいの反対みたいな気持ち。劣等感で胸が締め付けられる苦しさに比べたら、それはほんの微かで……痛みとも言えないくらいの、寂しい違和感。でも、なんだか、この気持ちを僕は無視してはいけない気がする。
「はふっ……!? ケホッ、カハッ……」
「あ、ちょっと辛いから気をつけてね……って言うの忘れてた。ふふ、ごめんね」
別に、えーしんくんに意地悪したいわけじゃない。ちょっと怒られてみたかった。『完璧』を取り繕えないくらいに、その場で波立った感情に任せて、素直な気持ちをぶつけられてみたかった。
「ちょっと……ではないだろう。わざとやったのか?」
イタズラにまんまと引っかかって決まりが悪いのか、単純に辛味に弱かったのか、えーしんくんの顔が赤い。しかもちょっと涙目。
「あはは。えーしんくん、もしかして辛いの苦手?」
「ゴホン。不意に辛いのが口に入ったから、驚いただけだ……このくらいなら食べられる」
そう言いながら、いつもより一口を大きめにからあげを頬張るえーしんくんのわざとらしさに、思わず微笑ましい気持ちになる。ああ、えーしんくん、いつだったか伊瀬谷くんが激辛チップスを振舞ってくれたときみたいに、僕のしたこと根に持ってほしいなぁ、なんて。
僕もわざと同じ味のからあげを買ってみたけど、普通に一口食べたら思った以上に辛くて、軽く咳き込む。それを見てえーしんくんがちょっと笑った。
「えーしんくんって、そんな顔するんだ」
「ふふ、いい気味だ、と思ってな」
なんて涼しい顔で言いながら、えーしんくんはかじりかけだった激辛からあげにまた口をつける。
紙カップの中の半分を食べ切るくらいまでは辛い中に旨味が利いててちゃんと美味しかったけど、最後の方はほとんど痛みしか感じなかった。えーしんくんもそれは同じだったみたいで、終始無言のままでも表情がそれを物語っていた。
美味しくて、ものすごく辛くて、なんだか僕も黙々と食べちゃったけど、激辛からあげと必死に格闘中だったえーしんくんにわざとちょっかいをかけてみたりしたらもっといい反応が見れたかも。
「面白そうだったから買ってみたけど、なんか最後は辛すぎて味わからなくなっちゃったね」
「……やはり俺も百々人についていくべきだった」
「えー、嫌だよ。だって、ここのベンチが良かったんだもん」
これは嘘だけど、えーしんくんについてきてほしくなかったのは本当。『完璧』なえーしんくんとしょうが醤油やタルタルソースのからあげで完璧な買い食いをしても、きっとこんなには楽しくならなかっただろう。せっかくなら、えーしんくんと楽しい時間を過ごしたかった。
「……食べ物を使って悪戯をするのはあまり感心しないな」
「あはは、僕がしゅーくんをからかったとき、そんなに怒った?」
「百々人、話題を逸らすな」
そう言いながらも、まだ辛さで口の中がやられているはずのえーしんくんの声は、いつもより明らかに弱々しい。
くちびるがヒリヒリ熱く腫れるのって、辛さで味蕾がバカになっちゃうのって、いつまで続くのかな? えーしんくんは、明日も僕のこと怒ってるかな? それとも、寝て起きたらけろっと水に流しちゃうのかな? …………もしそうだったら、ちょっと寂しいな。
「……あのね、僕、えーしんくんのこと、もっと知りたくて意地悪したんだ。ごめんね」
「……? 知りたいことがあるのなら、素直に聞けばいいだろう。何でも……とは約束できないが、俺の答えられる範囲で真摯に答えよう」
「じゃあ、ひとつだけ。えーしんくん、今怒ってる?」
「怒ってはいないが、子供じみた悪戯には呆れているな」
「……僕はね、えーしんくんがずーっと何も言わないの、ずるいなって思ってるんだ」
僕は二人に本当の気持ちを全部打ち明けたとき、胸が張り裂けそうだった。しゅーくんだって、誰にも見せていなかったはずの「天才」の裏側を恥ずかしそうに話してくれた。なのに、キミはどうして、いつまでも、そんなに綺麗な眉見鋭心のままでいられるの?
「思ったことはいつでもその場で率直に伝えているつもりだ。だが、俺の振る舞いが誤解を招いて、結果的に百々人を嫌な気持ちにさせてしまったのなら……申し訳ない」
「そっか。もしかしたら……キミは、本当に裏表がないのかもね」
「……何の話だ」
もしも嘘みたいな『完璧』が本当だとしたら、それはそれで、もっとずるいな。
「真面目な話。ねぇ、続きはしゅーくんがいるときにしよう。また拗ねられたら困っちゃう」
いっそ、えーしんくんが僕やしゅーくんを嫌いになってくれたら、なんて、倒錯したことを考えてみる。
「……あのね。僕、えーしんくんのこと嫌いじゃないから。念のため」
「ああ、わかっている」
人形みたいに整った表情で、えーしんくんは静かに微笑む。嫌だな、と思いつつ、彼のことがどうしても嫌いになれない。それは、しゅーくんのときと似ているようで、全然違う気持ち。しゅーくんという『天才』の存在は僕に欠けているものをまざまざと突きつけてくるけど、えーしんくんの『完璧』な振る舞いは僕の中にある空洞を思い起こさせる。
えーしんくんとお互いいつもの笑顔で別れて、灰色のホームで電車を待つ。まだくちびると舌はひりひりしていたけど、何も感じなかった。からっぽの胸の奥を、風が吹き抜けるみたいに寂しい。えーしんくんも、こんな気持ちになることはあるんだろうか。いや、えーしんくんは、本当に完璧で強い人なのかもしれない。……僕なんかが想像できないくらいに。
二人で海の見える公園で食べた激辛からあげは嘘みたいに後味が悪くて、ああ、あそこにしゅーくんがいてくれたらな。と僕はぼんやり思った。それを想像すると胸がちょっぴり温かくなって、それから数瞬置いて、そんな風に考えてしまったことを悔しく感じた。
「あっ! ダメだってえーしんくん! そこ座ってて。ベンチ取られちゃうよ」
「ベンチなら他にもたくさんあるだろう」
「えー。僕ここがいいからキープしてもらってたのに」
なんて、僕が適当を言うと、
「……? そうだったのか。すまない」
と、えーしんくんは素直にベンチに戻っていく。
別に座る場所にこだわりなんてなくて、僕はなんとなく、えーしんくんを午後5時の臨海公園のベンチに一人きりにしてみたかっただけなのだ。
小憎らしくてからかいがいのある天才頭脳のしゅーくんへの意地悪とは違う。
『完璧』で、たまに天然っぽくて、でも抜けた一面もあるのがむしろ完璧……みたいな。そんなえーしんくんに僕までそつなく接するのって、なんだかもったいない。だから、ちょっと揺さぶりをかけてみる。
「お待たせ。はい、これ。僕のおごりだよ♪」
キッチンカーで買ってきたからあげとつまようじ入りの紙カップを手渡す。
「感謝する、百々人。しかし、気持ちは嬉しいが素直に後輩におごられていては示しがつかない。俺にも代金を払わせてくれ」
「……あのさ、こういうやりとり不毛じゃない? 別に社交辞令とかいらない仲でしょ、僕たち」
これは半分嘘で、半分本当。C.FIRSTの三人でいる時間は楽しいけど、どれだけ一緒に過ごしても、えーしんくんのことはなんだか全然見えてこない気がする。
「別に社交辞令のつもりはなかったのだが……。わかった。今日は百々人の厚意に甘えるとしよう」
そう言ってえーしんくんは口元をふっとやわらかくゆるめて微笑む。えーしんくんの表情はいつだって上品で、潔白で、お人形みたい。
しゅーくんを見ていて感じる、羨ましいのとは違う。えーしんくんの『完璧』を見ていると、なんだか寂しくなる。それはたぶん、羨ましいの反対みたいな気持ち。劣等感で胸が締め付けられる苦しさに比べたら、それはほんの微かで……痛みとも言えないくらいの、寂しい違和感。でも、なんだか、この気持ちを僕は無視してはいけない気がする。
「はふっ……!? ケホッ、カハッ……」
「あ、ちょっと辛いから気をつけてね……って言うの忘れてた。ふふ、ごめんね」
別に、えーしんくんに意地悪したいわけじゃない。ちょっと怒られてみたかった。『完璧』を取り繕えないくらいに、その場で波立った感情に任せて、素直な気持ちをぶつけられてみたかった。
「ちょっと……ではないだろう。わざとやったのか?」
イタズラにまんまと引っかかって決まりが悪いのか、単純に辛味に弱かったのか、えーしんくんの顔が赤い。しかもちょっと涙目。
「あはは。えーしんくん、もしかして辛いの苦手?」
「ゴホン。不意に辛いのが口に入ったから、驚いただけだ……このくらいなら食べられる」
そう言いながら、いつもより一口を大きめにからあげを頬張るえーしんくんのわざとらしさに、思わず微笑ましい気持ちになる。ああ、えーしんくん、いつだったか伊瀬谷くんが激辛チップスを振舞ってくれたときみたいに、僕のしたこと根に持ってほしいなぁ、なんて。
僕もわざと同じ味のからあげを買ってみたけど、普通に一口食べたら思った以上に辛くて、軽く咳き込む。それを見てえーしんくんがちょっと笑った。
「えーしんくんって、そんな顔するんだ」
「ふふ、いい気味だ、と思ってな」
なんて涼しい顔で言いながら、えーしんくんはかじりかけだった激辛からあげにまた口をつける。
紙カップの中の半分を食べ切るくらいまでは辛い中に旨味が利いててちゃんと美味しかったけど、最後の方はほとんど痛みしか感じなかった。えーしんくんもそれは同じだったみたいで、終始無言のままでも表情がそれを物語っていた。
美味しくて、ものすごく辛くて、なんだか僕も黙々と食べちゃったけど、激辛からあげと必死に格闘中だったえーしんくんにわざとちょっかいをかけてみたりしたらもっといい反応が見れたかも。
「面白そうだったから買ってみたけど、なんか最後は辛すぎて味わからなくなっちゃったね」
「……やはり俺も百々人についていくべきだった」
「えー、嫌だよ。だって、ここのベンチが良かったんだもん」
これは嘘だけど、えーしんくんについてきてほしくなかったのは本当。『完璧』なえーしんくんとしょうが醤油やタルタルソースのからあげで完璧な買い食いをしても、きっとこんなには楽しくならなかっただろう。せっかくなら、えーしんくんと楽しい時間を過ごしたかった。
「……食べ物を使って悪戯をするのはあまり感心しないな」
「あはは、僕がしゅーくんをからかったとき、そんなに怒った?」
「百々人、話題を逸らすな」
そう言いながらも、まだ辛さで口の中がやられているはずのえーしんくんの声は、いつもより明らかに弱々しい。
くちびるがヒリヒリ熱く腫れるのって、辛さで味蕾がバカになっちゃうのって、いつまで続くのかな? えーしんくんは、明日も僕のこと怒ってるかな? それとも、寝て起きたらけろっと水に流しちゃうのかな? …………もしそうだったら、ちょっと寂しいな。
「……あのね、僕、えーしんくんのこと、もっと知りたくて意地悪したんだ。ごめんね」
「……? 知りたいことがあるのなら、素直に聞けばいいだろう。何でも……とは約束できないが、俺の答えられる範囲で真摯に答えよう」
「じゃあ、ひとつだけ。えーしんくん、今怒ってる?」
「怒ってはいないが、子供じみた悪戯には呆れているな」
「……僕はね、えーしんくんがずーっと何も言わないの、ずるいなって思ってるんだ」
僕は二人に本当の気持ちを全部打ち明けたとき、胸が張り裂けそうだった。しゅーくんだって、誰にも見せていなかったはずの「天才」の裏側を恥ずかしそうに話してくれた。なのに、キミはどうして、いつまでも、そんなに綺麗な眉見鋭心のままでいられるの?
「思ったことはいつでもその場で率直に伝えているつもりだ。だが、俺の振る舞いが誤解を招いて、結果的に百々人を嫌な気持ちにさせてしまったのなら……申し訳ない」
「そっか。もしかしたら……キミは、本当に裏表がないのかもね」
「……何の話だ」
もしも嘘みたいな『完璧』が本当だとしたら、それはそれで、もっとずるいな。
「真面目な話。ねぇ、続きはしゅーくんがいるときにしよう。また拗ねられたら困っちゃう」
いっそ、えーしんくんが僕やしゅーくんを嫌いになってくれたら、なんて、倒錯したことを考えてみる。
「……あのね。僕、えーしんくんのこと嫌いじゃないから。念のため」
「ああ、わかっている」
人形みたいに整った表情で、えーしんくんは静かに微笑む。嫌だな、と思いつつ、彼のことがどうしても嫌いになれない。それは、しゅーくんのときと似ているようで、全然違う気持ち。しゅーくんという『天才』の存在は僕に欠けているものをまざまざと突きつけてくるけど、えーしんくんの『完璧』な振る舞いは僕の中にある空洞を思い起こさせる。
えーしんくんとお互いいつもの笑顔で別れて、灰色のホームで電車を待つ。まだくちびると舌はひりひりしていたけど、何も感じなかった。からっぽの胸の奥を、風が吹き抜けるみたいに寂しい。えーしんくんも、こんな気持ちになることはあるんだろうか。いや、えーしんくんは、本当に完璧で強い人なのかもしれない。……僕なんかが想像できないくらいに。
二人で海の見える公園で食べた激辛からあげは嘘みたいに後味が悪くて、ああ、あそこにしゅーくんがいてくれたらな。と僕はぼんやり思った。それを想像すると胸がちょっぴり温かくなって、それから数瞬置いて、そんな風に考えてしまったことを悔しく感じた。