(超常事変、ややBL)これからのこと

超常事変のしぐれい前提の水拝水小説です。

同棲している時雨と零司のところに拝田が訪ねてきて、3人で餃子を作って食べます。基本ほのぼのした話です。

※時雨と零司が恋人として交際している設定
※時雨と拝田の関係性が中心の話だが、この二人の間にカップリングっぽい(恋愛)要素は薄め

2026-01-17
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 手に取ったマグカップはとっくに空になっていた。コーヒーが切れると手持ち無沙汰で困る。拝田は相変わらず時雨の膝の上で、時雨とほぼ変わらない体格の身体をくつろげている。
「何のつもりだ、拝田」
「何って、せんぱいが鈴重零司せんぱいとネンゴロになってるって聞いたからぁ、遊びに来てあげたんじゃないっすかー」
「……っ」
 動揺が顔に出てしまったらしい。拝田は時雨の膝の上で、イタズラが成功した子どものようにクスクス笑う。
 零司と同居していることはともかく、恋人として交際していることは公安の中でも特別親しい春野と厚木しか知らないはずだ。大方、お人好しの厚木が口外したのだろうか。
「せんぱい、今すっっごく面白い顔になってるっすよ」
「……拝田。訪ねに来るのはいいとしても、人の私事に土足で踏み込むのは良くない。そのようなデリカシーに欠ける行いは……」
「うわ、始まった。せんぱい職場でもウザがられてないっすか? 大丈夫?」
「大きなお世話だ」
 ずっと同じ姿勢でいて、しかも拝田の頭の重さで太ももの血流が妨げられ続けているせいか足が痺れてきた。今日は時雨の方が早く帰ったので、そろそろ夕飯の支度をしなければいけない時間になっているのだが。
 そのとき、マンションの廊下から物音がした。よく見知った気配。そして息を呑む間もなく、玄関の扉が開く音が聞こえた。零司が帰ってきたのだ。
「おい、こら拝田……」
「むにゃむにゃ……」
「おい、こんなときまでふざけるんじゃない」
 時雨が膝の上の拝田を退かそうとしていると、
「? ただいま、しぐ……」
「お帰りなさい、せ〜んぱい」
 自宅のリビングで思いがけない相手と遭遇した零司がぎょっとして目を見開く。
「何でお前がここにいるんだよ……」
「……! 零司、違うんだこれは……」
 拝田のせいで身動きの取れない時雨はいつもの真面目な顔に冷や汗をかきながらあたふたする。
「わかってるって……」
 零司は無関心ぶった声色で、しかしむすっとした顔をしながら返す。
「別に、そいつのことは野良猫くらいに思ってるからどうぞお構いなく」
「あれあれ〜? もしかしてコイビトを取られて嫉妬してるんすかぁ? かわいいネコちゃんに?」
「うるさいな…………まったく。追い出されたいのか?」
 零司は顔を真っ赤にして小さく舌打ちをするとリビングを出ていった。心なしか零司が自室のドアを閉める音がいつもより大きかったような気がして、時雨はまた冷や汗をかいた。
「拝田……」
 膝の上の拝田を見下ろす。
「ん、何? お説教?」
「違う。僕は怒ってはいない。むしろ戸惑っているんだ」
「ハハッ! せんぱい、教師でも気取ってんの? 結構ひどいことされちゃったんだから素直に叱ればいいのに〜」
「いや。君を叱りたいわけじゃない。むしろその逆、というか……」
 怯んだら負けだ、と言わんばかりに、膝の上の拝田の瞳をまっすぐ見つめる。
「君のことが知りたい。拝田」
「はあ」
 拝田はわざとらしく気の抜けた声で返した。
「別に根掘り葉掘り詮索する気はない。ただ君とは初め、生徒会の事件であんな形で関わることになってしまったから、もう一度君に先輩として向き合いたい」
「いや、何年前の話してるんすか? 昔のことばっかり話してる男はモテないっすよ〜」
「……」
 実際の時雨はエリート揃いの生徒会の中でもトップクラスにモテたし、高等部を卒業して公安に入った今もよくモテているのだが、時雨はそんなことを持ち出して反論したがるような男ではなかったので黙っていた。
「そういえば、せんぱいって前からときどきこういう感じでウザかったっすよね〜」
 拝田の声色が露骨に冷たくなった。確かに、拝田にとっても苦い思い出となっているだろう生徒会の事件のことを持ち出すべきではなかったかもしれない。
「……すまない。他人の事情に土足で踏み込むなと言っておいて。僕の方こそ不躾だった」
「あー、はいはい。そんな深刻な顔しないの。そういうのこそ、余計ウザがられるっすよ〜」
 人の神経をわざと逆撫でするような言い方に時雨はむしろほっとした。
「ところで拝田。今日の夕飯はどうするつもりだ」
「は? 夕飯?」
「良かったらうちで食べていかないか。零司には僕から話しておく」
「えー……献立次第っすかねえ」
「今日は餃子だ」
「うーん、じゃあテイクアウトでタッパーに入れて持って帰っていいっすか」
 拝田はどこか冷蔵庫のある部屋に住んでいるのか、と思うと時雨は少し安心した。
「ああ、わかった」
「ちょっ、ジョークっすよジョーク。そういうのわからない?」
「……伝わりにくい嘘をつくのはやめてほしい」
「はいはい、まあまあまあ。なんにしろ餃子はご馳走になるんで。ありがと、せんぱい」
「……そうか。良かった」
 拝田が素直に調子を合わせてくれると時雨も素直に嬉しかった。
「しかし今さら、何でそこまでベタベタしたがるんだか……」
 と、拝田が膝の上の至近距離から小声でぼやく。
「君の方こそ、今日のはさすがに悪ふざけがすぎる」
「ハハッ、今のは聞こえるように言ったんすけどー、やっぱりちゃんと聞こえてたみたいっすねー」
 拝田と話していると、つい嫌味の応酬でばかりコミュニケーションを取ってしまう。わざとそういう風に仕向けているかのような物言いに乗るのも非生産的だ。
「そうだ、拝田。餃子の皮を包むのは君にも手伝ってもらう」
「うげっ。聞いてないんすけどー」
「餡は朝に仕込んである。ほら、君が退かないと調理が始められない」
 拝田は「はいはい」と素直な生返事を返しながらようやく膝の上から退いてくれた。肩を回したり身体をぐーっと伸ばしているところを見ると、やはり拝田の方もしばらく無理のある体勢でいたらしい。これは、自分が楽な姿勢でくつろぐことよりも時雨にちょっかいを出すことを優先していた、とも言えるだろうか。
 自室に籠っていた零司にも声をかけると、リビングに三人(二人と急な来客)が集まった。零司にはいささか申し訳ないが、ここは我慢してもらおう。せっかく神出鬼没の拝田を捕まえた(というか、向こうから転がり込んできた)のだから。
「げっ」
「げっ、じゃないっすよー」
 二人に遅れて手を洗ってきた零司は、拝田の顔を見て改めて眉をしかめた。拝田はあっけらかんとした顔で「傷つくな〜」と独りごちると、腕まくりをする。意外と行儀がいい。
 餃子の皮とその中に包む餡、それから皮をくっつけるための水を入れたボウルを用意して、時雨は拝田に餃子の包み方を教える。時雨の説明を聞きながら「なーんか、変な感じ」と拝田は笑った。
 三人で黙々と共同作業をしているうちに零司の苛立ちもいくらか収まったようで、やれ餡が多いだの、やれ包み方が雑だのと拝田の世話を焼いてくれた。
 拝田は飲み込みが早く、すぐに綺麗な餃子を包めるようになった。別に自分の手柄ではないはずなのに、それが時雨にとっては妙に嬉しかった。
 三人で餃子を包んでいると作業はあっという間に終わった。時雨と零司の住む家にホットプレートはないので、いつものようにフライパンで何回かに分けて餃子を焼くことになる。
 餃子の焼ける香ばしい音の向こうから聞こえる話し声に、時雨はこっそり聞き耳を立てていた。細かい内容はよく聞こえないが、なんだか教師と生徒の面談のような空気だ。性格も態度も正反対でまるで噛み合っていないが、傍から見ていると決して悪い雰囲気ではない。生真面目で不器用な新人教師のような零司の様子が愛おしくて、時雨はひそかに微笑んだ。あの二人は案外「先輩と後輩」としてうまくやっていけるのかもしれない。でこぼこコンビ、という形容がよく似合うような気がして時雨はまた少し笑った。
「ほら、焼けたよ。二人とも遠慮せず食べてくれ」
「おお〜、ちゃんと餃子になってるじゃないっすか〜」
「余ったらタッパーに入れて持って帰ってもいい。……もっとも、今日は二人で食べるつもりだったからすぐなくなるだろうけどね」
「あんまり拝田を甘やかすなよ……時雨」
「ハハ、零司せんぱい、オレのママかっての」
 拝田が肘で零司をつんつんと小突く。
「拝田……! はぁ……時雨がいいって言うなら、まぁ……いいけどさ」
 能力に目覚めるきっかけとなった事件の当時を思い返すとここ数年で零司はずいぶん大人びたように感じるが、拝田と話しているときはなぜだか声色にあの頃の幼さが滲む。二人の様子を見ていると時間が少し巻き戻ったような錯覚すら覚えた。
 正直、最初は気まずいシチュエーションで味がわからなくなるのではないかと懸念していたが、餃子はちゃんといつも通りの味がした。餡の味付けもいい塩梅で、皮もパリッと焼けているし、拝田が包んだであろういつもと食感の違う餃子も乙なものだった。
「……ごちそうさま」
「もうこれで終わりっすか〜。おかわりしたいな〜」
「まったく……お前はこの後どうするんだ?」
「そうっすねー、二人の愛の巣も探訪できたことだし、ちょっとゴロゴロしたら帰るっす」
「なっ……」
 素直に顔を真っ赤にする零司を見ていると時雨の方まで余計に恥ずかしくなる。
「……ごちそうさまでした!」
 そそくさと自室に戻っていく零司を見るとさすがに少し申し訳ないような気持ちになったが、なんだか今日はいつも以上に楽しい食卓だったような気がして、そう感じている自分に時雨は内心驚いた。
 そうして時雨は拝田と二人きりになったが、不思議と零司がいたときより気まずい心地がした。手持ち無沙汰なのをごまかすように、時雨は拝田に緑茶を淹れてやった。
「おっ、せんぱい気が利く〜」
 沸かしたての湯で淹れた熱いお茶をちびりと飲むと拝田はふう、と息をつく。
「今日、意外と優しかったっすよね。せんぱい。一応聞いてみたいんすけどー、どういう風の吹き回しっすか?」
「さっきも言っただろう。君のことをもっと知りたいんだよ。拝田」
「えっ、何この雰囲気? オレひょっとして口説かれてる?」
「それは……当たらずとも遠からず、かな」
「んえー……なんか勝手に巻き込まないでほしいんすけど」
「当たらずとも、と言っているだろう」
 時雨は息継ぎをするように、湯呑みに淹れた緑茶を啜る。熱い飲み物が手元にあると、真面目な話をするときも間が持つような気がして不思議だ。
「零司のことは一番好きだ。だが……拝田。君に対する気持ちはそれとは違う。君も僕にとって特別な人間だ」
「特別……ねえ。それって同情、っすか」
「……否定はできない。でも、それだけじゃない。君は僕や零司にはないものを持っている。僕は君と関わりたい」
「さっぱり意味不明っすねー」
「……」
「まあ、必死っぽい気持ちは伝わったんで、それで十分っすよ」
 拝田の返事を聞いて、時雨はほっとしたようにため息をついた。
「……そうか」
 自分は拝田に何を求めているのだろう、と時雨はふと思った。彼を一人にはしておきたくない。最強の能力者として生まれついた彼を。この気持ちは単に「同情」という言葉だけでは片付けられない。少なくとも自分はそう思っている。しかし……。
 拝田は、かつて弟のように面倒を見ていたという轟雷斗に別れも告げないまま、彼の前から去っていった。自分だったらきっとそんなことはしない。しかし、轟の様子を遠くから見つめる拝田の清々しい表情を思い出すと、彼の行いは全く正しくて高潔で、むしろ自分の方が何かを間違えているように思えてならなかった。
「拝田。僕は君の先輩だが、きっと僕の方も、君から学ぶべきものがある。それが何かはまだわからない。でも、だからこそ教えてほしい」
「え、なになに。なんか一人で盛り上がっちゃってる感じ?」
「違う。…………けれど、そう取られたのなら、そうなのかもしれない」
 轟のそばにいないことを選択した拝田のことが知りたくて、彼のことをわかりたくて、彼に近づいて深く関わろうとするなんて矛盾しているのかもしれない。彼に近づきたいという自分の気持ちと衝動は、全くの見当違いなのかもしれない。それでも彼のことが放っておけない。彼という人間のそばにいたい。だから、後輩の瞳をまっすぐに見据えた。
「……拝田。これからも、よろしく」
「なんすかもうー、改まっちゃって」
 親愛を示すために差し出した手に、拝田が握手で応える。不思議なもので、素直な態度の彼を見ていると心が温かい喜びで満ちる。いや、彼はいつでも素直だ。
 これは不器用で、野暮で、余計なお節介かもしれない。それでも時雨は、今度、拝田が訪ねてきたら何を振る舞おうかとすでに思案していて、今はその浮き立つ気持ちに従いたい気分だった。

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