(旬と夏来)自習室ではお静かに


柔道大会イベストの旬と夏来が大好きだ……という、気持ち。
pixivに未掲載だった話の再録です。

2026-02-17
 図書館の自習室は、かつての夏来と旬に似ていた。しんと静かで、清潔で、世間の喧騒から隔離された秩序で満ちた空間。
 二人は自習室の長机の空いている席に腰掛けると、無言で参考書とノートを取り出してどちらからともなく自習を始めた。部室で宿題をしているときの賑やかな声たちはそこにはなく、二人や他の学生たちがただ筆記具を走らせる音や本のページをめくる音だけが聞こえた。
 夏来と旬の中学生活には、カラオケに行ったり、遊園地で遊んだり、ファミレスで打ち上げをしたりといった特別な思い出はなかった。毎日が自宅と学校、それから塾の往復で、休日もどこかに遊びに出かけたりはしない。そんな彼らの唯一の寄り道といえば、近所の市立図書館だった。
 ただ勉強をしたり、ついでに本を借りるためだけに訪れる場所。そんなささやかな寄り道が、かつての夏来にとっては特別で楽しみな日常のイベントだった。
 黙々と勉強をするだけでも、夏来はただ旬と一緒にいられるのが嬉しかった。旬が借りてきた詩集や小説についてときどき熱っぽく語ってくれるのを聞くのも大好きだった。
 だから、帰り際に旬が言った言葉は夏来にとって意外なものだった。
「──ナツキ、ごめんな。付き合わせて」
「え……」
 夏来はしばらく黙った後、
「お、俺……、ジュンと一緒に図書館行くの、好き……だよ?」
「そっか、ありがとう。でも帰る時間、遅くなっちゃったな。明日も早いのに……」
「あ、俺は大丈夫、だから……」
「……そう」
 ほんの少しの沈黙が不思議と気まずく感じられて夏来はあわてて口を開く。
「でも、前は……塾がお休みの日は、閉館時間まで、ずっと勉強した……よね?」
「今はあの頃みたいに暇じゃないだろ」
「ん……、そうだね。でも……」
「?」
 旬の丸い瞳が隣の夏来を見上げる。
「俺、久しぶりに……ジュンと一緒に図書館で勉強できて……すごく、嬉しくて……! 幸せ、だったから……!」
「な、なんだよ……! 大げさだな」
「大げさなんかじゃ、ない……本当だよ」
「……でも、今みたいに放課後みんなでカラオケ行ったり、ドーナツ屋さん行ったり……その方が、その……楽しくないか?」
「……それとこれとは……俺には、比べられない。だけど……」
 夏来が、困ったような拗ねたような顔の旬を見てほほえむと、
「そっか……ジュンは、今……楽しいんだね。カラオケも、ドーナツ屋さんも……」
「……! それは、一般的にはそういうところに遊びに行った方が楽しいものなんだろうな、と思っただけで……!」
「俺、ジュンがみんなとカラオケに来てるとき、すごく、楽しそうなの……わかるよ……」
「なっ……ナツキ! 知ったような口をきくな!」
「本当のこと、言っただけ……」
 昔からお決まりだった図書館からの帰り道。静かな住宅街に、あの頃よりも騒がしくなった二人の声が響いていた。
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