「じゃーなー!」と三人に手を振る春名さんに合わせて、僕も手を振る。発車時間が近いことを知らせるアナウンスに、ハヤト達は反対側のホームの階段へとバタバタと駆けていく。
三人はこれから、冬馬くん達とのレッスンのためにスタジオに向かうのだ。彼らがプロダクションの代表として選出された大型のLiveフェスに向けて。
…………春名さんはずいぶん長々と手を振っている。僕もそれに合わせる。三人にはもう見えていないのに、意味のない動作を続ける。駅構内には僕たち二人が残された。
「……さて、と」
春名さんは手を振るのをやめて、ふぅ、と息を吐く。
「今から話すことはヒミツなんだけどさ」
「?」
振り返った春名さんは妙に真面目そうな表情をすると、
「アイス、食わね?」
にかっと身内向けの笑顔で僕に耳打ちした。
◇
ガコン!
取り出し口に何かが落ちる音がする。ペットボトルの自販機と変わらないのか。
何食わぬ顔でアイスを取り出すと、それは円錐のような妙な形をしていた。
春名さんは自販機のボタンを眺めながら、ああでもないこうでもないとずいぶん長考している。
「うーん、ジュンのもうまそうだな……早く食わないと溶けるぞー」
「……それでは、お先にいただきます」
春名さんに断ってアイスに貼られたフタを剥がす。パッケージを剥くと、丸のままのアイスが出てきた。
思った以上にいろいろと種類があったので、つい「人気No.1」なんて書かれたよくわからない味を選んでしまった。アイスの自販機、というものがあるのは知っていたけど、僕にとってそれは日常の中に溶け込む背景でしかなかった。おごってくれた春名さんには悪いけど、プラスチックの棒が刺さった安っぽいアイスを僕はなんだか持て余してしまっている。もちろん、食べるけど。
思い切ってかぶりついたアイスは、いかにも人工的なミルク味だった。でも、なんだか意外と美味しい。日がよく照る暖かい日だから、妙にそう感じるのだろうか。
「はー、駅のホームで食うアイス……最高!」
人が少なかったので、僕も春名さんに倣ってベンチに座る。こんなに日の高いうちからベンチでだらだらアイスなんて食べて、一体何をやっているんだろうという気持ちになる。どかっと座った春名さんがチョコアイスをかじる。その様子がすごく美味しそうで、つい隣に目が行く。
「春名さんのも、美味しそうですね」
「おかわり行く?」
そう言って、春名さんは財布の中の小銭をちゃりちゃりさせる。
「なっ……! 悪いですよ」
「ジョーダン、ジョーダン」
へへ、と笑うと涼しい顔でアイスにかぶりつく。食べるのが早い。僕も手に持ったアイスが溶け落ちてしまわないように、春名さんに倣ってそれにかぶりつく。冷たくて甘いのが、喉にやさしく沁みた。
食べ終えたアイスのゴミを一緒にゴミ箱へ捨てに行った。なんだかすごく名残惜しい。アイスの味だけでなく、食べていた時間も。
「……ごちそうさまでした」
「いいってことよー」
電車を待ちながら、することもなくてなんとなくホームの向かいを眺める。春名さんは、はーっ、と息をつくと「海行きてー」などと独りごちる。
「けど、バイトだー」
……それもそうか。その一言に、なんだかがっかりしている自分に気づく。
ホームの向かいには広告の海。抜けるように青い空と海をバックに、夏服のシャツを着たふたりの学生が駅のホームに佇んでいる。
「海を見るなら、あなたとがいい。」
「旅に出よう。大切なものだけ連れて。」
…………僕たちみたいな暇を持て余した若者を、「旅に出よう。」などと誘う広告だ。
くだらない。……くだらないはずなのに、ただの広告写真の海が、今日は妙に胸に来る。
「あの、春名さん」
ぼんやり同じ広告を見ていた春名さんに声をかける。
「アイス、ありがとうございました」
「おっ、そーかそーか。そんなにうまかった?」
「そうじゃ、なくて……! あっ、アイスは確かに美味しかったですけど……」
一呼吸。恥ずかしいけど、これはちゃんと伝えなくちゃと思ったから。
「その、なんだか……食べてる間はうやむやになるじゃないですか」
「ん?」
「悔しい気持ちとか、全部……」
震えそうな声を隠しているのは、きっとすでにばれている。
「そうだな」と、返す春名さんの声色にやさしさが込もっていたから、それが余計に苦しい。
「少なくとも、僕は悔しいです」
「うん。オレだって本当はさ、あのステージに立てるなら、立ちたかった」
「このままには、しませんから」
「……そうだな。ジュンがその気なら、オレも負けてらんないな!」
春名さんの笑顔はからりとしていて、その声色はまっすぐだった。
確かにこの人は、僕よりも年上だ。本気のふりをするのでもなく、本気の心をごまかすのでもなく、ただ本気を素直に口にできる春名さんが、今日は僕よりずっと大人に見えた。
「おっと、オレこっちの電車なんだ」
「えっ」
4番線に電車が入ってきたのに気づいた春名さんは、僕たちが座っていたベンチの席とは反対側へとすたすた向かっていく。
「あっ、あの」
「ん? ジュンもこっちだっけ」
つい慌てて立ち上がってしまった。春名さんにはまだ言い足りないことがあるが、今日はもう時間だ。
「いえ……」
「ついてく?」
「いえ、用事があるので……。お疲れ様でした」
「おう、お疲れ! また明日な!」
まだ高い陽の射すホームで、春名さんがいつものようににかっと笑うので、僕も負けじとしゃんとした声を出す。
「はい、また明日。バイト、がんばってください」
海にでも行きたい、なんて一瞬でも思った自分がバカだった。まだやり残していることがあるのに。まだやりきっていないことがあるのに。
バイトに向かう春名さんを乗せた電車はもう行ってしまった。
居ても立っても居られず、プロデューサーさんに事務所のビルのレッスン室は空いていないか、とメッセージを送信する。家に帰ってキーボードの練習をしても良かったが、今日は無性に身体を動かしたい気分だった。
顔を上げると、広告写真の海。Liveフェスに出るナツキたちはきっと、これよりもっと美しい光景をステージで見るのだろう。だったらそこに立てない僕は、なおさらがんばるしかない。
プロデューサーさんからすぐに返信が来た。事務所のビルのレッスン室は、他のユニットの予約時間の夕方まで貸し切りだそうだ。
こうしてはいられない。プロデューサーさんにお礼のメッセージを返すと、事務所の最寄駅行きの電車が来るホームへと向かう。
一人だけだったら、海を見に行っていたかもしれない。でも今はそんな気にはなれなかった。慌ただしくバイトへと向かった春名さんの笑顔が、今ごろ冬馬くんたちと厳しいレッスンを受けているであろうハヤトたちの後ろ姿が、僕をどうしようもなく急き立てていた。
悔しい、悔しい、悔しい──。
飛び乗った電車内のディスプレイを見やると、事務所のある駅までは十七分。
急行電車の速度すらもどかしいくらいに胸が熱くて痛かったけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
三人はこれから、冬馬くん達とのレッスンのためにスタジオに向かうのだ。彼らがプロダクションの代表として選出された大型のLiveフェスに向けて。
…………春名さんはずいぶん長々と手を振っている。僕もそれに合わせる。三人にはもう見えていないのに、意味のない動作を続ける。駅構内には僕たち二人が残された。
「……さて、と」
春名さんは手を振るのをやめて、ふぅ、と息を吐く。
「今から話すことはヒミツなんだけどさ」
「?」
振り返った春名さんは妙に真面目そうな表情をすると、
「アイス、食わね?」
にかっと身内向けの笑顔で僕に耳打ちした。
◇
ガコン!
取り出し口に何かが落ちる音がする。ペットボトルの自販機と変わらないのか。
何食わぬ顔でアイスを取り出すと、それは円錐のような妙な形をしていた。
春名さんは自販機のボタンを眺めながら、ああでもないこうでもないとずいぶん長考している。
「うーん、ジュンのもうまそうだな……早く食わないと溶けるぞー」
「……それでは、お先にいただきます」
春名さんに断ってアイスに貼られたフタを剥がす。パッケージを剥くと、丸のままのアイスが出てきた。
思った以上にいろいろと種類があったので、つい「人気No.1」なんて書かれたよくわからない味を選んでしまった。アイスの自販機、というものがあるのは知っていたけど、僕にとってそれは日常の中に溶け込む背景でしかなかった。おごってくれた春名さんには悪いけど、プラスチックの棒が刺さった安っぽいアイスを僕はなんだか持て余してしまっている。もちろん、食べるけど。
思い切ってかぶりついたアイスは、いかにも人工的なミルク味だった。でも、なんだか意外と美味しい。日がよく照る暖かい日だから、妙にそう感じるのだろうか。
「はー、駅のホームで食うアイス……最高!」
人が少なかったので、僕も春名さんに倣ってベンチに座る。こんなに日の高いうちからベンチでだらだらアイスなんて食べて、一体何をやっているんだろうという気持ちになる。どかっと座った春名さんがチョコアイスをかじる。その様子がすごく美味しそうで、つい隣に目が行く。
「春名さんのも、美味しそうですね」
「おかわり行く?」
そう言って、春名さんは財布の中の小銭をちゃりちゃりさせる。
「なっ……! 悪いですよ」
「ジョーダン、ジョーダン」
へへ、と笑うと涼しい顔でアイスにかぶりつく。食べるのが早い。僕も手に持ったアイスが溶け落ちてしまわないように、春名さんに倣ってそれにかぶりつく。冷たくて甘いのが、喉にやさしく沁みた。
食べ終えたアイスのゴミを一緒にゴミ箱へ捨てに行った。なんだかすごく名残惜しい。アイスの味だけでなく、食べていた時間も。
「……ごちそうさまでした」
「いいってことよー」
電車を待ちながら、することもなくてなんとなくホームの向かいを眺める。春名さんは、はーっ、と息をつくと「海行きてー」などと独りごちる。
「けど、バイトだー」
……それもそうか。その一言に、なんだかがっかりしている自分に気づく。
ホームの向かいには広告の海。抜けるように青い空と海をバックに、夏服のシャツを着たふたりの学生が駅のホームに佇んでいる。
「海を見るなら、あなたとがいい。」
「旅に出よう。大切なものだけ連れて。」
…………僕たちみたいな暇を持て余した若者を、「旅に出よう。」などと誘う広告だ。
くだらない。……くだらないはずなのに、ただの広告写真の海が、今日は妙に胸に来る。
「あの、春名さん」
ぼんやり同じ広告を見ていた春名さんに声をかける。
「アイス、ありがとうございました」
「おっ、そーかそーか。そんなにうまかった?」
「そうじゃ、なくて……! あっ、アイスは確かに美味しかったですけど……」
一呼吸。恥ずかしいけど、これはちゃんと伝えなくちゃと思ったから。
「その、なんだか……食べてる間はうやむやになるじゃないですか」
「ん?」
「悔しい気持ちとか、全部……」
震えそうな声を隠しているのは、きっとすでにばれている。
「そうだな」と、返す春名さんの声色にやさしさが込もっていたから、それが余計に苦しい。
「少なくとも、僕は悔しいです」
「うん。オレだって本当はさ、あのステージに立てるなら、立ちたかった」
「このままには、しませんから」
「……そうだな。ジュンがその気なら、オレも負けてらんないな!」
春名さんの笑顔はからりとしていて、その声色はまっすぐだった。
確かにこの人は、僕よりも年上だ。本気のふりをするのでもなく、本気の心をごまかすのでもなく、ただ本気を素直に口にできる春名さんが、今日は僕よりずっと大人に見えた。
「おっと、オレこっちの電車なんだ」
「えっ」
4番線に電車が入ってきたのに気づいた春名さんは、僕たちが座っていたベンチの席とは反対側へとすたすた向かっていく。
「あっ、あの」
「ん? ジュンもこっちだっけ」
つい慌てて立ち上がってしまった。春名さんにはまだ言い足りないことがあるが、今日はもう時間だ。
「いえ……」
「ついてく?」
「いえ、用事があるので……。お疲れ様でした」
「おう、お疲れ! また明日な!」
まだ高い陽の射すホームで、春名さんがいつものようににかっと笑うので、僕も負けじとしゃんとした声を出す。
「はい、また明日。バイト、がんばってください」
海にでも行きたい、なんて一瞬でも思った自分がバカだった。まだやり残していることがあるのに。まだやりきっていないことがあるのに。
バイトに向かう春名さんを乗せた電車はもう行ってしまった。
居ても立っても居られず、プロデューサーさんに事務所のビルのレッスン室は空いていないか、とメッセージを送信する。家に帰ってキーボードの練習をしても良かったが、今日は無性に身体を動かしたい気分だった。
顔を上げると、広告写真の海。Liveフェスに出るナツキたちはきっと、これよりもっと美しい光景をステージで見るのだろう。だったらそこに立てない僕は、なおさらがんばるしかない。
プロデューサーさんからすぐに返信が来た。事務所のビルのレッスン室は、他のユニットの予約時間の夕方まで貸し切りだそうだ。
こうしてはいられない。プロデューサーさんにお礼のメッセージを返すと、事務所の最寄駅行きの電車が来るホームへと向かう。
一人だけだったら、海を見に行っていたかもしれない。でも今はそんな気にはなれなかった。慌ただしくバイトへと向かった春名さんの笑顔が、今ごろ冬馬くんたちと厳しいレッスンを受けているであろうハヤトたちの後ろ姿が、僕をどうしようもなく急き立てていた。
悔しい、悔しい、悔しい──。
飛び乗った電車内のディスプレイを見やると、事務所のある駅までは十七分。
急行電車の速度すらもどかしいくらいに胸が熱くて痛かったけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。