(夏旬夏)目を覚ますように

夏来と別々の大学に進学した旬の話。
前半イチャラブ、後半は旬の独白です。

旬と夏来が同じ大学に進学するのか、それとも別々の大学に進学するのかはハイジョ幼なじみ学の至上命題のひとつ……かもしれない。

【おまけ】
このSSについてのこぼれ話(イメソン的な楽曲の話)


2026-01-17
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 真新しいシルクのパジャマに袖を通すと、夏来は背筋が伸びる心地がした。くつろぐための衣服なのに、これを着ていると不思議と居住まいを正したくなってくる。
 それはまるで、大好きな人の隣に立っているときみたいな──。
 夏来は思わずパジャマの長袖の裾に顔を埋めてみる。さらさらと滑らかな生地が、夏来の頬に、唇にやさしく触れる。
「ジュン……」
「それ、着てくれたのか」
 先に風呂に入っていた旬は、夏来とお揃いのネイビーのパジャマを着ていた。湯上がりでほかほかと温まっていて、いつにも増して表情がやわらかい。
 夏来の誕生日プレゼントに、旬は自分がいつも着ているのとお揃いのパジャマを贈ってくれたのだ(夏来は今年の誕生日は妹や両親たちと過ごしたので、旬からは一日遅れのプレゼントだった)。
「あ……これ、すごく……着心地が良くて……。うっ……ジュン、ありがとう……」
 ぽつぽつとそう告げる夏来の頬を、温かい涙がつーっ……と伝っていった。
「なっ、泣くなよ!」
「ごめん……嬉しくて……」
 まさか泣くとは思わなかった、といった様子で慌てる旬に対して、夏来は涙を見せていてもどこかマイペースだ。
「まったく……」
 呆れた、という表情をした旬だったが、幼なじみが自分のプレゼントに予想以上に喜んでいる様子を見ているうちに、
「でも、気に入ってもらえて良かった」
 と、少しはにかみながら、静かに苦笑するのだった。





 夏来の腕が旬の背中をやさしく抱き、旬はその窮屈さに身を委ねながら小さく息をつく。
「ふふ、シルクのパジャマってすべすべで気持ちいいね……」
 夏来は猫のように目を細めて脱力して、すっかりご機嫌だ。
 夏来の腕の中に閉じ込められた旬は、新品のシルクの滑らかさを頬で感じながら、ふとつぶやいた。
「……僕はナツキのスウェットも好きだったな」
「え……」
 旬の思いがけない発言に、夏来はぽかんと目を丸くしている。
「あ、その……ナツキの家の布団みたいな感じがして落ち着く、から……匂いとか……」
 そう言って頬を真っ赤に染めた旬を見つめながら、夏来の顔がやさしくほころぶ。
 夏来にとってはただの着古したスウェットを、そんなふうに気に入ってくれていたとはつゆほども知らなかった。
「そう……? ふふ……じゃあ、これからも着るね、スウェット……」
「それは、別に……。僕があげたものを着てくれた方が、ちゃんと嬉しいから」
 照れ隠しのつもりなのか、旬は夏来の胸に顔を埋める。
 そんなふうにされると自分の心臓の音まで旬に聞こえてしまいそうな気がして、夏来は一瞬、少し息が詰まった。どきどきした心地が残るままに、愛おしい幼なじみの丸い後頭部をさらさらと優しくなでる。
「じゃあ……ジュンの部屋に泊まるときは、このパジャマ……着るね……」
「まったく……好きな方を着ればいいんだよ」
 旬は、優しく抱きすくめられている身体をもそもそとよじると、幼なじみの首の後ろにがばっと両腕を回す。その仕草は、自分だってナツキのことが好きなんだ、と暗に主張しているかのようだった。
 そうして、ふう、と息をつくと旬は拗ねたように目をつむって押し黙ってしまった。
 それから少しの沈黙の後、
「…………ジュン……大好き……」
 と夏来が腕の中に閉じこめた旬を優しく抱きしめる。
「……知ってる。…………僕も、好きだから」
「うん、わかってる……」
「……こうしてさ、布団にもぐってると……子どもの頃のこと、思い出さないか?」
「えっ、と……そうかも?」
「……よく一緒に遊んだじゃないか。海賊ごっことかしてさ」
「……うん。……はっきりとは、覚えてないけど……すごく楽しかったのは、ちゃんと覚えてる」
「うん。だからさ……そのときみたいだなって。ちょっと思っただけ」
「うん……」





 二人はずっと同じ学校に通って、一緒に遊んで、同じ塾に行って、いつも行動を共にしていた。かつてはほとんど常に同じ時間を過ごしていた二人を、今は時間が否応なく引き剥がしていく。
「じゃあ……行ってくるね」
 旬に見送られるのもそこそこに、夏来は旬が住むマンションの部屋の玄関をばたばたと飛び出して行く。ずいぶん急いでいる様子だった。
「……いってらっしゃい」
(ナツキ、一限に間に合うといいけど)
 数時間前にはぴったりとくっついていた半身を引き剥がされたような気持ちを感じながら、旬は夏来の背中を最後まで見送らないまま玄関を後にした。今日は午後から撮影の予定が入っている。昼はプロデューサーさんと早めに食べる予定だし、午前中にレポートの執筆を進めておきたい。
(朝ごはん、一緒に食べられなかったな)
 そのことを残念だと思っている自分に気がつくのが、少し癪だった。自分が寝坊したせいで期待が裏切られて拗ねるなんて、まるで子どもみたいだ。
(パジャマ、ナツキの家でも着てほしいから洗って返そう)
 旬はパジャマから着替えると、自分のパジャマと、枕元にたたまれて置いてあった夏来の新しいパジャマをそれぞれ洗濯ネットに入れて、洗濯機を回した。頭では夏来のことをぼんやりと想いながら、何事もなかったかのように手を動かしていつもの生活を始めていく。
 高三の冬に旬と夏来が二人で話し合った結果、まだ小さい妹さんと過ごす時間を大切にしよう、ということで大学に進学するにあたっての旬と夏来のふたり暮らしはお流れになった。……お流れに? 旬は無意識のうちにそう思っていたが、実際のところ夏来が今後どうするつもりなのか、本当のところは旬にはわかっていなかった。一年後、二年後……卒業後……。別に夏来の意思が確認できているわけではなかったことに気づいた旬は、自分自身の未来までどこか不確定になったようなもやもやした感覚を覚えた。しかし、夏来にこれから先のことを聞くにはまだ早い気がした。
 旬はぼんやりと夏来の不在を感じながら、自分のために淹れたコーヒーをお気に入りの黒猫のマグカップで飲む。今日はいつもより多めにコーヒーを淹れなくても良くなってしまった。…………朝から余計なことをいろいろ考えてしまうのは、きっと寝坊して生活リズムが少し乱れたせいだろう。
 誕生日プレゼントのパジャマ(それも自分のものとサイズ違いのお揃い)を渡すために、旬はわざわざ自分の部屋に夏来を招いた。夏来に家族と一緒に暮らすよう説得したのは旬なのに、今は旬自身が進んで二人のそれぞれの生活の境目を曖昧にさせている。
 一人暮らしの部屋で、今朝の旬は夏来の不在をずっと意識してしまっている。もしかしたら、今ごろ通勤ラッシュの電車で人混みに揉まれているであろう夏来以上に。
 好いている相手をこんな風に引き寄せようとするのはしたないだろうか。自分はずいぶん恥ずかしいことをしていたのではないか。そんなことをぐるぐる考えていると、旬はプレゼントに素直に大感激していた夏来に八つ当たりをしてやりたいような気持ちになってきた。
 夏来がついさっきまでこの部屋にいたことを考えていると気が散りそうだったので、朝食は近所のカフェで食べることにした。財布とスマホと部屋の鍵、それから新刊の詩集だけをバッグに入れて、部屋を出る。
 夏来の誕生日の季節。今日はよく晴れていて、朝から汗ばむほどに暑い。久しぶりの快晴は目に眩しかったが、すぐ慣れた。お腹を空かせながらまだ慌ただしい朝の街を歩いているうちに、旬は気持ちが本来のひとり暮らしの生活へと戻っていくのを感じていた。
 旬の心の中で、夏来との距離は振り子のように振れている。行き過ぎたと思ったら離れていって、離れて恋しくなったらまた戻ってくる。ゆっくりとそれを繰り返す。
 ふと、モラトリアム、という言葉が旬の脳裏をよぎった。今はこれからの長い人生の中でのいっときの猶予期間、なのかもしれない。そう考えると、なんだかもう少しこのままでいたいような気すらしてくる。
(……って、四季くんじゃないんだから……)
 カフェは朝からそこそこ混み合っていた。ノートパソコンを広げるスーツの男性に、常連らしい雰囲気のおじいさんのグループ……。夏来のことでいっぱいになっていた頭をしゃきっと切り替えるために、旬は注文した深煎りのアイスコーヒーに砂糖をたっぷりと入れて飲んだ。生まれて初めてモーニングセットを頼んだら、ポーチドエッグとベーコンとマヨネーズが豪快に乗ったトーストが出てきた。どうやって食べるか少し迷ったが、そのままかぶりつく。
 夏来がいなくても、旬の一日は始まっていく。そして、旬がいなくても、夏来は夏来でなんとかやれているらしい。
 アイスコーヒーと窓から射す日差しで目が冴えていく。夏来が通う大学でもそろそろ一限の時間だろう。
(がんばれよ、ナツキ)
 旬は同じ空の下にいる夏来に想いを馳せつつ、ボリュームのあるトーストを大きく口を開けてかじった。
 朝ごはんを食べたら少し休んでから家に帰ってそれからレポート。午後からの撮影のために、先日考えていたポーズや撮られ方の確認もしておきたい。
 冷たいコーヒーを飲みつつぼんやりと想いを巡らせる。来年の、再来年の、そのずっとずっと先の、夏来の誕生日の季節。二人は一体どうなっているのだろうか。朝食を食べながらふとそんなことを考えてみる。
 High×Jokerの冬美旬として走っていった先、その延長線上には、何があるんだろう。すべてが不確定な未来の中、High×Jokerのみんなが五人で揃って笑っていることだけが旬の心の内で確信めいていた。どうして今の自分はこんなことを信じられているんだろう。
 いつか見たペンライトの光の海が脳裏に浮かぶ。みんなで奏でる音がグルーブして心臓にまで響き、胸が高鳴る最中、あの光景を夏来も見ていた。
(練習、したいな──)
 帰ったら十五分だけキーボードを弾こう。
 そう思うと居ても立ってもいられず、旬はゆっくり味わうのもそこそこにコーヒーを飲み干し、会計を済ませてカフェを後にする。
 今年の夏来の誕生日は週末にHigh×Jokerで集まってパーティーをする予定だ。個人的にプレゼントは渡したが、なんだか今年はまだ祝った気がしていない。旬と夏来にとって二人が二人でいるのはずっと当たり前だったのに、今は五人でいないと「二人」であることが浮き彫りになるかのようだ。
  夏来の誕生日の季節。久しぶりの清々しい青空の下、旬は無性に週末が待ち遠しかった。

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